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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)6224号 判決

原告 福入商事株式会社

右代表者代表取締役 東日出光

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 浜田正義

同 真木洋

被告 武内重郎

右訴訟代理人弁護士 河本喜与之

同 木下良平

主文

原告らの請求は、いずれも棄却する。

訴訟費用は、原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

(原告ら)

「被告は、原告らに対し別紙目録(二)記載の建物部分を収去して同(一)記載の土地を明け渡せ。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求める。

(被告)

主文と同旨の判決を求める。

第二、当事者双方の主張

(請求原因)

一、別紙目録(一)記載の土地(以下本件土地という)は、原告らが持分各二分の一の割合で共有している。

二、被告は、右土地上に同目録(二)記載の建物部分を所有して、右土地を占有している。

三、よって原告らは、本件土地の所有権に基づき、被告に対し右建物部分を収去して本件土地を明け渡すよう求める。

(請求原因に対する答弁)

請求原因一、二項の事実は、認める。

(抗弁)

被告は、本件土地につきつぎのとおり賃借権か、そうでなくとも、法定地上権を有する。

一、賃借権

(一)(1) 本件土地は、もと訴外矢島権次郎が所有していたが、昭和二八年三月六日被告が、同人よりこれを買い受け翌七日その旨登記手続きを経由し、同年八月一〇日訴外協立信用金庫に対する債務を担保するため、抵当権を設定し同年九月一五日その旨登記手続きを経由したところ、同三七年六月一九日訴外新東製粉株式会社の申し立てに基づく強制競売開始決定がなされ、原告らが、持分各二分の一の割合で競買を申し出で、同三八年一月二二日競落許可決定により右割合で所有権を取得したものである。

(2) 一方本件建物部分を含む別紙目録(二)記載の建物(以下本件建物という)は、もと訴外細川準作が、前記矢島権次郎より本件土地を賃借して同地上に所有し、その所有権取得登記を経由していたものであるが、同三七年四月二五日被告が、これを買い受け同日その旨登記手続きを経由した(なお被告は、同日訴外株式会社東京相互銀行に対し、本件建物につき債権元本極度額を金四〇〇、〇〇〇円とする根抵当権設定登記手続きを経由した。)。

(二) 従って、被告が、前記細川から本件建物所有権を取得し、その敷地である本件土地の賃借権を承継取得した当時、本件土地は、既に被告の所有になっていたものであるが、それは、また第三者である前記共立信用金庫のため抵当権の目的ともなっていたのであるから、右賃借権は、民法第一七九条第一項但書又は第五二〇条但書により、混同の例外として消滅せず、かつ、前記細川および被告は、本件建物につき、それぞれ前記のとおり登記手続きを経由していたから、その後に本件土地の所有権を取得した原告らに対し、右賃借権をもって対抗できるものである。

二、法定地上権

仮に賃借権が混同により消滅したものとしても、前項記載の事実関係からすれば、(イ)本件土地建物が、ともに被告の所有であったとき、本件建物に対し抵当権が設定され、その後に本件土地に対する強制競売の結果、原告らが、本件土地の所有権を取得し、(ロ)本件土地のみが被告の所有であったとき、本件土地に対し抵当権が設定され、その後本件建物も被告が取得して、土地建物とも被告所有となったのちに、本件土地に対する強制競売の結果、原告らが、本件土地の所有権を取得したものであるから、右(イ)(ロ)いずれの事実によっても、民法第三八八条により、本件土地につき、法定地上権が成立したというべきである。すなわち、

(一) (イ)について考えれば、本件建物に対する抵当権の実行による競売の場合には、民法第三八八条により建物のため法定地上権が成立することは明らかであるが、このように、建物につき同条の要件をそなえる抵当権が存在する場合、土地について強制競売がなされた場合にも、同条の適用があるものと考えるべきである。けだし(1)建物に対する抵当権の設定に当っては、抵当権設定者は、建物を建物として利用できる状態で担保価値を与えたのであるから、競売の場合において建物の存続のために土地利用権を設定する意思があり抵当権者もこれを予期している。この意思と予期は、競売によって建物と土地の所有者が異なるに至ったときにおいて、引続き土地上に建物を存続させることにあるから、右潜在的土地利用権の現実化のためには、ただ競売を契機として、土地と建物の所有者を異にすることだけが必要であり、土地建物のいずれの競売によって所有者を異にするに至ったかは、問題とならない。(2)建物の存続維持という社会経済的要請からも、建物の競売と土地の競売とで差異を設ける理由はない。(3)競落人は、土地上に建物が存在することを知って競落するのであるから、法定地上権の負担を負うことを当然然予期している。従って、競落人に不利益を負わせるものではない。(4)土地の競売後にあっても、建物の収去前に建物が競売されればそれによって法定地上権が成立することは明らかである。このようなとき、たまたま未だ建物に対する競売がなされていないという偶然的な一事によって法定地上権の成立が左右されることは、不合理であるからである。

(二) (ロ)について考えれば、被告が本件土地のみを所有する時本件土地に対し抵当権が設定され、その後被告が、本件建物の所有権も取得したのちに、本件土地に対する強制競売の結果、原告が、本件土地の所有権を取得したのであるが、この場合にも、民法第三八八条により、本件建物のため、本件土地につき法定地上権が成立するものと解すべきである。けだし、(1)土地に対する抵当権設定の際、土地所有者も抵当権者も、競売に当っては、土地利用権を設定する意思と予期を有するものであるから、このように解することが、この意思と予期に合致する。(2)土地に対する抵当権設定後、被告が建物所有権を取得したのでなく、第三者が取得した場合には、この第三者は通常建物とともに取得した土地利用権(賃借権)をもって、土地の競落人に対抗できるのであるが、たまたま土地所有者が建物所有権を取得した場合、混同により土地賃借権が消滅し(但し、混同により消滅しないと解すべきことは前記のとおりであるが、この場合には、法定地上権の成立を認める必要はない。)、しかも法定地上権の成立もないとするならば、建物所有権を第三者が取得するとそうでないとにより、建物の運命を異にすることになるが、これは、理由のない差異であって不合理である。さらに被告が建物を所有する以前に土地の競売がなされた場合には、建物所有者は土地所有者に対する土地利用権(賃借権)をもって競落人に対抗できることになるが、これが、被告が建物を所有した後に競売がなされると、その結論を異にすることも、不合理である。(3)建物の存続維持という社会経済的要請からも、このように解することが妥当である。(4)土地の競落人は、土地上に建物が存在すること、従って土地が利用権の負担を負うことを前提として競落するのであるから競落人に対し不当な不利益を与えるものではないからである。

(三) のみならず、元来、土地建物が、同一所有者に属する場合に、抵当権とは無関係に土地又は建物の一方に対する強制競売の結果、土地と建物の所有者を異にするに至った場合にも、民法第三八八条の準用ないし類推適用によって、土地につき法定地上権が成立するものと解すべきである。けだし、この場合、建物が土地上に存在するままの状態で競売されるものであって、競売申立をした債権者および債務者たる土地建物の所有者は、競売後においても、建物をその存在する状態のままにおく意思を有している。競落人も土地上に建物が存在することを十分考慮して競落するのであるから、その意思は、建物については、土地利用権を伴うものとして、土地については、建物のための土地利用権に制約されるものとして、これを競買する。従って、競売の関係者は、すべて競売により土地と建物の所有者が異なるに至った場合には、建物のために土地に対し利用権を設定する意思を有している。また、この場合に建物を維持すべき社会経済上の要請もある。以上のことは、抵当権の実行による競売の場合と何ら異なることなく、民法第三八八条が、抵当権設定者、抵当権者、競落人の、意思と予期、社会経済上の要請を根拠とする規定である以上、抵当権と関係なく、強制競売によって土地と建物の所有者が異なるに至った場合にも、同条が準用ないし類推適用されなければならない。昭和三五年一月一日施行の新国税徴収法第一二七条は、滞納処分による公売の場合に、右の趣旨を明文化して疑義を一掃したものであって、公売と強制競売とで実質を異にするところはないのであるから、右改正の趣旨からしても、抵当権とは関係のない強制競売の場合にも、民法第三八八条が準用または類推適用されるべきである。そうすると、前記のように、抵当権との関係を論ずるまでもなく、本件の場合、被告が、本件土地につき法定地上権を有することは、明らかである。

三、権利の濫用

仮に以上の主張が理由がないとしても、原告らは、競買によって本件土地を取得するに際し、地上に本件建物が存在しこれを被告が使用していることを知悉しながら、事前に被告に対し明け渡しが可能かどうか問うことなく、専ら建物収去土地明け渡しを企図して本件土地を競買した。競売は、地上に建物が存在することを前提としてなされ、競売価額は、更地価格(三・三平方メートル当り金一五〇、〇〇〇円を下らない)の一〇分の一以下の金七七五、〇〇〇円であった。これを更地とするならば、原告らは金八、〇〇〇、〇〇〇円以上の巨利を博することになる。原告福入商事は、競売不動産の競買、売買を専門とする業者であり、原告朝木も、さしせまって本件土地を使用する必要がないのに対し、被告は、昭和二三年以来本件建物に居住し、他に転居可能な家屋を有せず、本件家屋を収去することになれば、直ちに生活の本拠を失ない、重大な打撃を受ける。被告が、原告らに対し、競落代金をはるかに上まわる金一、五〇〇、〇〇〇円をもって本件土地の譲り受けを申し出たに対し、原告らは、一旦これに応じながら、後にほしいままにこれを拒絶し、以後被告が再三譲り受けを要請しても、これを頑なに拒み、建物収去土地明け渡しの請求のみを執拗に固執している。本件建物は、本件土地に隣接する被告所有の東京都杉並区井草一丁目四五番九宅地四坪八合一勺(一五・九〇平方メートル)の土地上にまたがって存在するが、本件土地の部分についてのみ明け渡しをすることになると、被告が、右隣接地を使用することは、事実上不可能になる。以上の諸事情からすれば、原告らの本件請求は、権利の濫用として許されない。

(抗弁に対する答弁)

一、本件土地建物の所有権移転の経過とその登記手続き、および被告主張のとおりの抵当権設定登記手続きがなされたこと、ならびに競売価格の点は認める。賃借権・法定地上権、権利濫用の主張は争う。

二、賃借権の主張については、賃借権そのものが第三者の権利の目的となっていないものである以上、混同により消滅したものである。

三、法定地上権の主張(一)については、法定地上権の成立は、競売の対象となった土地又は建物に、抵当権が設定されている場合に限るから、失当である。同(二)については抵当権設定当時に土地建物が同一所有者に属することが必須の条件であるから、失当である。同(三)については、抵当権と関係のない純然たる強制競売にあっては、民法第三八八条を準用又は類推適用する余地はないので、失当である。

四、権利濫用の主張については、原告らは、正当な競売手続によって本件土地所有権を取得したものであって、やましい点は何一つない。本件競売手続は、競落人がなかったため何回も続行されたものであって、被告にその意思があれば、自ら競落し又は訴外新東製粉株式会社に対し債務の弁済をして競売手続の取消しを図ることができた。被告は、これらの努力をせず慢然放置してきたものであって、今更権利濫用の主張をすることは失当である。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

一、原告らが、本件土地を持分各二分の一の割合で共有していること、被告が、本件土地上に別紙目録記載(二)の建物部分を所有して、本件土地を占有していることは、当事者間に争いがない。

二、そこで抗弁について判断する。

(一)  本件土地は、従前訴外矢島権次郎が所有していたこと、昭和二八年三月六日被告が、これを買い受け翌七日その旨登記手続きを経由したこと、同年八月一〇日被告は、訴外協立信用金庫に対する債務を担保するため、本件土地につき抵当権を設定し同年九月一五日その旨登記手続きを経由したこと、訴外新東製粉株式会社の本件土地に対する強制競売申立てに基づき同三七年六月一九日強制競売開始決定がなされ、原告らが、持分各二分の一の割合で競買を申し出で、同三八年一月二二日競落許可決定により右割合で所有権を取得したこと、一方本件建物は、従前訴外細川準作が所有していたが、同三七年四月二五日(すなわち、被告が本件土地を買い受け、右抵当権を設定したのち)、被告がこれも買い受け同日その旨登記手続きを経由したこと、以上のことは、当事者間に争いがない。

(二)  被告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によると、細川は、被告が本件土地を買い受けるより前に、当時の本件土地所有者矢島より、建物所有の目的で本件土地を賃借し、地上に本件建物を所有していたものであることを認定することができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。しかして、細川が、本件建物につき所有権取得登記手続きを経由していたことは、当事者間に争いがないので、右賃借権は建物保護法第一条による対抗要件を具えていたものである。

(三)  右のとおり、被告は、本件土地の賃借人細川よりその地上の本件建物を買い受けたので、他に特段の事情の認められない本件では、右建物買い受けとともに右土地賃借権も承継取得したものと認むべきところ、それより前に、被告は、本件土地をも矢島から買い受けているので、右土地賃借権が混同によって消滅するかどうかが問題になる。そこで、検討するに、本件土地には、既に、前叙のごとく協立信用金庫のため抵当権が設定されていたが、それよりも前に、細川の賃借権が設定され、建物保護法第一条による対抗要件を具えていたのであるから、このような場合には、民法第一七九条第一項但書に従い、被告が承継した賃借権は、混同の例外として消滅しないと解するのが相当である。けだし、右のように対抗力のある物権化した賃借権は、同条項にいわゆる「物権」に準じて取り扱うのを至当とし、かつ同条項但書の律意にも叶うからである。すなわち、右但書が混同の例外として「其物……カ第三者ノ権利ノ目的タルトキ」と規定したのは、同一物について、所有権と他の物権が同一人に帰した場合でも、他の物権が、その物に対する第三者の権利に優先する権利であって、特にこれを所有権と両立させる価値のあるときには、例外的にこれが消滅しないとする趣旨であると解される。ところで、本件の場合、被告が承継取得した賃借権が消滅するものとすると、本来その設定当時において右賃借権による制限をうけていた協立信用金庫の抵当権は、その制限なきものとなって不当に有利な地位を獲得する反面、被告は、その抵当権の実行(本件のような強制競売の場合も同様である。民事訴訟法第六四九条第二項参照)により、競落人に対する関係で土地の占有権原を失なうに至る結果となり、不当に不利な立場に置かれることになるから、被告のため、特に所有権と賃借権を両立させる価値があるというべく、従って、右但書の趣旨によれば、被告の承継した賃借権は、混同の例外として消滅しないと考えられるのである。

(四)  そして、被告もまた、前記のとおり本件建物につき所有権移転登記手続きを経由していたのであるから、後に本件土地の所有権を取得した原告らに対し、右賃借権をもって対抗できることはいうまでもない。

三、よって、その余の争点を判断するまでもなく、原告らの請求は、いずれも理由がないので棄却し、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柏木賢吉 裁判官 佐藤邦夫 加藤英継)

〈以下省略〉

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